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札幌地方裁判所 平成5年(わ)658号 判決

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を刑に算入する。

理由

(認定事実)

被告人は、平成四年一月二三日前刑を仮出獄し、その後父親の出稼先で一緒に働くなどしたのち、平成五年二月ころから札幌市白石区内のアパートに単身居住し、仕事にも就かないでパチンコなどをしながらぶらぶらした生活を送っていた。

第一  被告人は、外出先から自宅のアパートに戻ろうと、平成五年三月九日午後九時五〇分ころ、同市白石区北郷一条八丁目一番先所在「水源地通コ線橋」上を歩いていた際、帰宅途中のA子(昭和四七年六月九日生)を認め、同女に対し強いてわいせつの行為をしようと考え、右「水源地通コ線橋」上で同女が近づいて来るのを待ち、通り過ぎようとする同女の前に立ち塞がり、同女に対し「騒ぐな。大声を出すな。殴ったら気絶するんだぞ。ちんぽをしゃぶれ」などと言って脅迫し、背後から同女の首に腕を回して絞めつけるなどの暴行を加え、同女に対し強いて自己の陰茎を口に含ませて口淫させるなどのわいせつの行為をしようとしたが、同女が五千円札一枚を差し出して退去をするよう求め、口淫することを拒んだため、その目的を遂げなかった。

第二  被告人は、同月二二日午後二時三〇分前ころ、自転車に乗って同市白石区本郷通七丁目付近にさしかかった際、帰宅途中のB子(昭和四七年八月一五日生)を認め、好みの女性に見えたことから、同女に誘いかけ、性的な欲望を満たしたいものと思い、同女に近づき、同女に対し「今会社の帰りですか」などと声をかけ、同女に相手にする様子を見せられなかったものの、同女の後をつけ、同女が同区本郷通〈住所略〉の同女方玄関を開けた隙に、同女の後から同女方玄関内に至った。そして、被告人は、強いて同女を姦淫しようと考え、同日午後二時三五分ころ、同女方居室において、背後から同女の両肩をつかみ、更に同女を対面するように引き寄せて、同女に対し「電話をかけたり、大声を出したりしたら、殴って気絶させて仲間五、六人を呼んで回してしまうぞ。ビデオ撮るぞ。とにかく一回やらせろ。一発やらせたらすぐ帰る」などと言って脅迫し、同女の着衣を脱がせて全裸にし、自己の陰茎を同女の口に含ませるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、その場に敷かれた布団の上で強いて同女を姦淫し、その際同女に対し全治七日間を要する不正性器出血の傷害を負わせた。

第三  被告人は、同月二九日午後零時二〇分ころ、同市白石区南郷通七丁目南付近を歩いていた際、帰宅途中のC子(昭和四五年一月二九日生)を認め、好みの女性に見えたことから、同女に誘いかけ、性的な行為に及ぼうと思い、同女に近づき、同女に対し「これから暇。暇だったら付き合わない」などと声をかけ、同女に余り相手にする様子を見せられなかったものの、同女の後をつけ、同日午後零時三〇分ころ、同区南郷通〈住所略〉四階踊り場において、同女に対し強いてわいせつの行為をしようと考え、同女をその場に仰向けに押し倒して、同女に対し「声を出したらお前なんか簡単に気絶させられるぞ、ここで犯してやる」などと言って脅迫し、助けを求める同女の顔面を右手拳で二回殴りつけるなどの暴行を加え、同女着用のスカート内に手を差し入れてパンティーストッキング、パンティーをその膝付近まで引き下げるなどし、同女に対し強いてわいせつの行為をしようとしたが、同女が近くの部屋の玄関呼鈴を押し、大声で助けを求めるなどしたため、その目的を遂げなかった。

第四  被告人は、交際していた女性のマンションに行こうと、同年四月八日午後四時過ぎころ、同市白石区本郷通〈住所略〉付近に至った際、車から降りたD子(昭和四八年九月一八日生)を認め、好みの女性に見えたことから、性的な行為に及びたいと思い、帰宅する同女の後をつけ、同女が右〈住所略〉の同女方玄関を開けた隙に、同女を押し込むように同女方玄関内に至り、同女に対し強いてわいせつの行為をしようと考え、同日午後四時一〇分ころ、同所において、大声で悲鳴をあげる同女の首を両手で絞めつけるなどの暴行を加え、同女に対し「しゃぶれ。しゃぶらないなら殴って気絶させてじっくり犯すこともできる。裸の写真を撮ってやるぞ」などと言って脅迫し、自己の陰茎を同女の口内に入れて口淫させるなどし、もって同女に対し強いてわいせつの行為をなした。

第五  被告人は、同月一九日午後三時ころ、自転車に乗って同市白石区南郷通八丁目付近に赴いた際、帰宅途中のE子(昭和四四年二月一二日生)を認め、好みの女性に見えたことから、強いて同女を姦淫しようと考え、同女の後をつけ、同日午後三時一〇分ころ、同女が同区本郷通〈住所略〉の同女方玄関を開けた隙に、同女を押し込むように同女方玄関内に至り、驚いて悲鳴をあげたりした同女に対し「静かにしろ。騒いだら殴るぞ。一発やらせろ。やらせたらすぐ帰る。気絶するくらい殴る。友達を呼んで回しにかける」などと言って脅迫し、同女方居室において、同女の着衣を脱がせて全裸にするなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が隙をみてその場から逃げ出したため、その目的を遂げなかった。

第六  被告人は、適当な女性を探し性的な行為に及びたいとの思いに駆られ、同日午後五時二〇分過ぎころ、自転車に乗って同市白石区東札幌五条四丁目付近にさしかかった際、帰宅途中のF子(昭和四〇年九月二八日生)を認めたため、同女の後をつけ、同日午後五時三五分ころ、同区〈住所略〉の三階と四階の中間踊り場付近において、同女に対し強いてわいせつの行為をしようと考え、やにわに同女着用のコートの上から右手で同女の右乳房を握り、更に、同じくコートの上から同女の臀部を触るなどの暴行を加え、もって同女に対し強いてわいせつの行為をなした。

第七  被告人は、同年五月一〇日札幌地方裁判所に強姦致傷罪により起訴され、公判係属中の未決の囚人として札幌拘置支所に勾留されていたものであるが、同年六月二二日、札幌地方検察庁検察官検事の余罪取調べを受けるため、右拘置支所勤務の副看守長二階堂征治ほか二名の戒護のもとに、右検察庁へ向かう護送車内において、腰縄を緩め、両手錠を外したうえ、同日午後零時三五分ころ、途中で立ち寄った同市中央区大通西一一丁目三番四号所在札幌高等・地方・簡易裁判所の西側通用門北側護送車専用駐車場において、いったん右護送車から降車する際、右副看守長らの隙をうかがい、やにわに腰縄を外して走り出し、同裁判所の西側塀を乗り越えて街路上に逃げ出し、追跡してきた右副看守長らを振り切って逃走した。

(証拠)〈省略〉

弁護人は、二回にわたる被告人の逮捕手続には、いずれも令状がないのに、警察官が不当な有形力の行使によって被告人の身柄を拘束するという看過しがたい重大な違法があり、検察官が証拠として請求した被告人の警察官調書及び検察官調書(乙一ないし二一)は、すべて違法な身柄拘束を利用して収集されたものであるから違法収集証拠として排除すべきであると主張するので、以下判断を示す。

一  強姦致傷罪による逮捕手続(第一回目の逮捕)について

1 前掲関係各証拠、証人近江誠司の公判供述及び身柄関係記録によれば、第一回目の逮捕に至る経緯等として次のような事実を認めることができる。

(一) 札幌方面白石警察署所属の警察官らは、平成五年三月二二日に同署管内で発生したB子に対する強姦致傷事件(判示第二の犯行)を捜査していたところ、同年四月一九日、B子方玄関出入口ドア内側から採取された指紋が被告人の左手拇指と一致したため、B子に対し、写真による面割りを実施し、被告人が犯人であるとの確認を得たうえ、同日午後七時三〇分ころ、被告人を被疑者とする逮捕状請求手続を札幌簡易裁判所に対して行った。

(二) その後、白石警察署刑事一課強行犯係の芦野係長らは、被告人の所在について捜査をしたところ、同日午後八時二〇分ころ、被告人の友人から、被告人が「クノイサス」というパチンコ店で遊技中であり、翌日からかつお船に乗るという情報を得た。そこで、右強行犯係の近江、杉森、大友、田中の四人の警察官は、被告人の所在を確認するとともに、被告人と判明すれば被告人に同行を求めるため、直ちに「クノイサス」に向かった。

なお、近江及び大友は、以前にも被告人を被疑者として取り調べるなどしており、被告人とは面識があった。

(三) 近江らは、同日午後八時四五分ころ「クノイサス」に到着し、店内の確認捜査を行ったところ遊技中の被告人を発見した。そこで、近江は、遊技中の被告人に近づき、同日午後八時五〇分ころ被告人の肩を背後から軽くたたき、「Xだな」と声をかけた後、被告人に対し、話があるから警察に来てほしい旨告げた。

(四) 被告人は、遊技をやめ、自らコインを現金に換えたが、その間、近江は被告人の後ろ側につき、被告人の肩に軽く手をかけていた。被告人は、現金を受け取ってから、近江に対し、逮捕状があるのか尋ね、近江が今はない旨答えると、「佐藤弁護士に電話する」旨言って店内にある公衆電話ボックスに入り、電話帳をめくるなどした後、すぐに同ボックスから出て同店のカウンターにいた店員に五十円硬貨の両替を申し出たものの、これを断られた。

(五) そこで、近江は、被告人に対し「一緒に行くぞ」などと声をかけ、被告人の肩に手をかけて店外に連れ出そうとしたところ、被告人が手を振り回して近江の手をはずし、「行く必要はない。逮捕状を見せろ」などと何回となく言って同行を拒んだため、近江は、「署に行けば分かる。署に行って具体的に話をする」などと告げながら被告人に店外に出るよう促した。しかし、被告人は、店内の壁に手をかけたり、遊技中の客の椅子に手をかけたり、更にはしゃがみ込むなどして同行に応じない態度を示し、大声でわめき散らすなどした。近江は、応援に来た機動捜査隊の警察官田鎖、佐藤らとともに、その都度、被告人の手を外したり、しゃがんだ被告人の背後から両手を差し入れて持ち上げ立たせるなどして被告人を「クノイサス」前路上に連れ出し、同所に駐車していた捜査用車両に被告人を乗車させようとした。被告人は、なおも足を突っ張ったり、同車両の屋根にしがみついたりして車内に体を入れられないようにし、乗車することに拒否の態度を示した。

(六) 近江ら警察官は、被告人の手を払い、被告人の足を持ち上げるなどして、同日午後八時五五分ころ、同車両後部座席の中央部に被告人を乗車させ、被告人の右側に大友、左側に近江、助手席に佐藤がそれぞれ乗車し、田鎖が運転して白石警察署に向かい、同日午後九時一〇分ころ同署に到着した。被告人は、その間車内で特に暴れることもなく、白石警察署に到着後自ら同署二階刑事一課室に赴いた。

(七) その後、被告人は、取調室で待機させられ、B子が面通しで被告人を犯人と確認した後、同日午後一〇時四七分に白石警察署で通常逮捕された。その間、被告人には刑事一名がついていたものの、取調べ等は行われていなかった。

2 そこで、右事実関係を前提に、警察官のとった任意同行手続の適否について検討するに、被告人は、当初こそ、白石警察署に来てほしい旨の警察官の言葉に従って遊技をやめ、コインを換金するなどしているが、警察官が逮捕状を所持していないことを知った後は態度を翻して同署に同行することを明確に拒否し、壁や椅子をつかんだり、しゃがみ込んだりし、捜査用車両に乗車する際も足を突っ張り、手で屋根にしがみつくなどして乗車を拒否する態度を示していることが認められる。このような状況の中で、警察官は、被告人の手を払い、しゃがんだ被告人を抱え上げ、更に、自動車の屋根にしがみついた手を払って足を持ち上げるなどして被告人を捜査用車両に乗車させ、白石警察署に連れて行っているのである。してみれば、本件任意同行は、被告人の任意の意思に基いて行われたものではなく、警察官が、逮捕と同視しうる程度の強制力、すなわち、被告人の意思を制圧するに足りる物理的強制力を加えて行われたものと認められ、全体としてみると、任意捜査としての許容限度を逸脱した違法な任意同行であったといわざるを得ない。

3 ところで、本件では、被告人の任意同行手続には右のとおりの違法があるが、その後、被告人は札幌簡易裁判所裁判官の発付した強姦致傷罪の逮捕状により適式に逮捕され、更に、札幌地方裁判所裁判官の発した勾留状により勾留されている間に警察官調書(乙一ないし五、七ないし九、一四ないし一八、二〇、二一)及び検察官調書(乙六、一〇)が作成されている。そして、これらの調書が、右任意同行手続の違法にかかわらず、被告人の任意の供述に基づき作成されていることは、被告人も公判廷においてこれを認めているところであり、この点疑いを容れない。

しかしながら、右の各供述調書作成の基礎となった逮捕、勾留手続そのものが適式で、しかも、その各自白自体には任意性が認められる場合であっても、それに先行する身柄拘束手続に憲法、刑事訴訟法の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法捜査抑止の見地から相当でないと認められる場合には、自白収集手続が全体として違法性を帯び、その間に得られた自白調書は、違法収集証拠としてその証拠能力が否定されるというべきである。

これを本件についてみると、前掲関係各証拠、証人近江誠司の公判供述及び身柄関係記録によれば、(1) 被告人は、警察官らが「クノイサス」に赴く前に、B子に対する強姦致傷事件の被疑者として逮捕状を請求されていたこと、(2) 任意同行に赴いた警察官らも、右強姦致傷事件の概要は知っており、被害者方から被告人の指紋が検出されたことや被害者が犯人として被告人の写真を選んだことも認識していたこと、(3) 右警察官らは、被告人が翌日からかつお船に乗る予定であるとの情報も得ていたこと、(4) 右警察官らのうち、少なくとも二名の者は被告人と面識があり、「クノイサス」店内で被告人と確認していること、(5) 司法警察員は、平成五年四月一九日午後一〇時四七分に白石警察署で強姦致傷罪の逮捕状により被告人を逮捕し、同月二一日午後一時に検察官に送致する手続を行ったこと、(6) 検察官は、同日午後一時三〇分に送致された被告人を受け取り、同日札幌地方裁判所に被告人の勾留を請求し、同裁判所裁判官が翌二二日勾留状を発し、同日午後四時一〇分に勾留状の執行がなされたことが認められる。

これらの事実に照らすと、本件任意同行手続の時点では、既に逮捕状が請求されている状況にあったことに加え、被告人がB子に対する強姦致傷という重大な罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があったのであり、しかも、警察官は、被告人がその翌日にはかつお船に乗るとの情報を得ていたのであるから、被告人の身柄を確保する必要性ないし緊急性もあり、被告人の人定も十分であったといえるから、実質的には、被告人を緊急逮捕できる状況にあったと認められる。また、警察官らは、結局、被告人の意思に反し、有形力を用いて被告人を白石警察署まで同行しているが、用いられた有形力はそれほど強いものではなかったこと、警察官らは、逮捕状の請求がされており早晩逮捕状が発付されるであろうと認識したうえで、所在捜査の結果得た情報を確認し、もっぱら任意同行による被告人の身柄の確保を目的として現場に赴いており、令状主義濳脱の意図はなかったと認められること、逮捕の始期を被告人の身柄拘束が実質的に開始された平成五年四月一九日午後八時五〇分ころとしても、四八時間以内に検察官に送致する手続が行われていることなどの事情が認められるのである。そして、これらの事情に鑑みるならば、右任意同行手続の違法は、いまだ憲法、刑事訴訟法の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法とまでは認められない。

したがって、本件任意同行手続の違法性は、後の被告人の強姦致傷罪による逮捕、勾留には影響を及ぼさず、強姦致傷罪による身柄拘束手続は適法と認められるから、その間に得られた被告人の警察官調書、検察官調書の証拠能力もこれを肯定することができるというべきである。

二  単純逃走罪による逮捕手続(第二回目の逮捕)について

1 前掲関係各証拠、証人田中幸治の公判供述、甲野花子の検察官調書(甲六〇)、警察官調書(甲五八、五九)及び身柄関係記録によれば、第二回目の逮捕に至る経緯等として次のような事実を認めることができる。

(一) 被告人は、判示第七記載のとおり平成五年六月二二日に札幌高等・地方・簡易裁判所敷地内から逃走し、その後、同月二五日からは、逃走中に知り合った甲野花子方に身を潜めていた。

(二) 甲野花子は、同月二七日に、被告人との会話の中で、被告人が強姦を行って警察につかまり、裁判所に行く途中で手錠を外し、車から降りる際に逃走したこと、このことはテレビのニュースでもやっており、被告人自身もそのニュースを見たことなどを知った。そこで、同女は、同日午後六時ころ外出した際、友人に相談し、その勧めもあって警察に届け出た。

(三) 北海道警察本部刑事部機動捜査隊所属警察官田中幸治は、同日札幌方面豊平警察署に応援派遣されていたが、同日午後八時五〇分ころ、平岸本町交番にいた飯田警部補から、Xらしい男がいるので応援してほしい旨の依頼を受け、同じく豊平警察署に応援派遣されていた警察官の園部、高松、佐藤と四人で同交番に赴いた。同交番には、甲野花子がおり、同女から事情を聞いていた飯田から、同女の家に同月二五日に知り合った男がいて、その男は身長が何センチメートルくらいで坊主頭であり、俺は警察に追われている、裁判所から逃げて来たということを言って同女方に泊まっているなどと説明を受けた。

(四) 被告人に対しては、同月二二日に単純逃走罪の被疑者として、札幌簡易裁判所裁判官から逮捕状が発付されており、同逮捕状は、当時札幌方面中央警察署に保管されていたが、飯田及び田中幸治らは、甲野花子方に泊まっている男が被告人のXか否かを確認し、Xであれば逮捕状の緊急執行をし、Xか否かの判断がつかなければその男を警察署に任意同行してX本人かどうかの確認を取る目的で同女方に赴くこととし、Xが単純逃走罪の被疑者であったことから制服警察官、私服警察官合計約一三名で同女を伴い、同女方に向かった。

なお、田中幸治らは、単純逃走罪の被疑事実が記載された手配書及び被告人の写真を持っており、被疑事実の内容は把握していた。

(五) 警察官らは、同月二七日午後九時ころ甲野花子方に到着し、飯田の指示により、同人及び田中、高松、京谷、平澤の五人の警察官が同女の承諾のもとに同女方室内に入った。飯田らが室内奥に至ったところ、押し入れが数センチメートル開放され、そこから足の指先が見えたので、平澤が押し入れを開け、中で寝ていた男を揺り起こした。

(六) その後、警察官の一人が被告人に対しXかなどと質問したが、被告人が黙っていると、警察官らは被告人を豊平警察署に連行すべく、その前後左右を五人の警察官で囲みながら出入口方向に進んだが、突然、被告人がその左側にいた高松に対して頭突きをしたので、室外に待機していた警察官の園部も加わり、被告人に数人がのしかかるようにして制圧し(この間、その時期はともかく被告人の両手を後ろ手にして手錠をかけている。)、更に、タオルで猿ぐつわをしたうえで、同日午後九時二分に被告人を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕し、同署に連行した。

(七) 司法警察員は、同月二八日午後四時五五分に豊平警察署で単純逃走罪の逮捕状により被告人を逮捕し、翌二九日午後三時に検察官に送致する手続を行った。検察官は、同日午後三時三〇分に送致された被告人を受け取り、翌三〇日札幌地方裁判所に被告人の勾留を請求し、同裁判所裁判官が同日勾留状を発し、同日午後九時四〇分に勾留状の執行がなされた。

2 なお、1の(六)で認定した被告人に後ろ手錠がかけられた時期については、被告人の供述と田中幸治の供述に食い違いがみられる。

(一) 田中は、被告人の身柄を拘束する経緯を要旨次のとおり供述する。すなわち、押し入れから男が出て来たので、平澤部長が男に対し「君はXでないですか」と尋ねたが、男は無言であり、田中は持参のXの手配写真と男の顔を確認したが、田中は似ているとの印象を持ったものの同一人物かどうかの確信までは持てなかった。そこで、X本人かどうかもう一度確認したが、男は無言であったため、平澤部長が、とりあえず警察署まで来てもらいたい旨男に言うと、男はうなずいて無言のまま歩き始めたので、田中が男の前方を歩き、高松部長が男の左側を、平澤部長が男の右側を、飯田警部補と京谷部長が男の後ろ側をそれぞれ歩いて出入口方向に向かった。そして、高松部長が室内のストーブを避けようとして右半身になったところ、突然、男が高松部長に頭突きをしたので、室外で待機していた園部巡査も加わり、男の上に三、四人でのしかかるようにして暴れる男を制圧したうえ公務執行妨害の現行犯人として逮捕し、飯田警部補の指示で園部巡査が男に後ろ手錠をかけ、更に、自傷行為が認められたので飯田警部補の指示で平澤部長がタオルで男に猿ぐつわをかませてから、依然として男が暴れていたので男の体を押さえ、担ぎ込むようにして男を車に乗せ豊平警察署に連行した。

なお、甲野花子方にいた男、すなわち被告人を現行犯人逮捕した時刻は平成五年六月二七日午後九時二分であった。

(二) 他方、被告人は、身柄を拘束された経緯について要旨次のとおり供述する。すなわち、甲野花子方の押し入れで寝ていたところを揺り起こされ、見ると、大勢の警察官が室内に入って来ていた。そして、警察官に出て来るように言われたので押し入れから出ると、警察官から「Xだな」と言われたか、又は「お前はXか」と聞かれたかして、黙っているといきなり後ろ手錠をかけられた。警察官の一人が、Xかどうか確認を取るかと言っていたが、他の警察官が、いいから署まで連れて行くぞと言い、四、五人の警察官に囲まれ、腕をつかまれて出口に連れて行かれたが、興奮していたので左斜め前にいた警察官に対し頭突きをした。すると、周りにいた警察官に殴る、蹴るの暴行を受け、猿ぐつわをかまされたが、その後気を失い、気がつくと豊平警察署にいた。そして、同署で公務執行妨害で逮捕すると聞いた。

(三) 右の被告人及び田中幸治の公判供述によれば、甲野花子方室内に入った警察官が押し入れの中で寝ていた被告人を揺り起こし、被告人が押し入れから自ら出て来たこと、少なくとも一回は被告人に対しXかという趣旨の人定が行われ、それに対し被告人は黙っていたこと、その後、警察署に行くことになり、五人の警察官が被告人を取り囲むようにして出口に向かったこと、途中で、被告人がその左側にいた警察官に頭突きをし、そのため、被告人は周りの警察官に制圧されたこと、室内において被告人は猿ぐつわをかまされたことなどについては、両者の供述も一致しているところであり、また、時点はともかく、被告人に後ろ手錠がかけられたことも同様に一致している。

そこで、被告人に後ろ手錠がかけられた時期について検討するに、警察官の田中らは、前記のとおり、甲野花子からの情報により、同女方にXらしい男がいるということから、その事実を確認し、その男が被告人のXであれば、当時、既に発付されていた単純逃走罪の逮捕状の緊急執行をし、また、Xとの確認が取れなければその男を警察署に任意同行してその確認を取る目的で同女方に赴いたのであるから、一般的には、警察官のXかという質問を発した直後に、何の返答もない段階でいきなり警察官が後ろ手錠を施すということは考えがたく、この点では、田中の供述も信用しうるようにも思われる。しかしながら、被告人が高松に頭突きをした状況については、被告人自身、後ろ手錠をされ、両手が使えなかったことから頭突きをしたと供述しているところ、田中も、被告人が高松に頭突きをした際には、被告人の手で高松の体をつかむなどせず、いきなり頭突きだけをしたと供述しているのであって、仮に被告人が任意同行を拒否し、あるいはその場からの逃走を企てたとするのであれば、被告人も供述するように、いきなり頭突きをするよりは両手で警察官に暴行を加えた方がより効果的であると考えられるし、また、暴行の手段として頭突きを選んだとしても、高松の体をつかむなどして行った方がより効果的であると考えられることからして、被告人が頭突きをした際には、何らかの事情により被告人の両手が使用できない状態にあったのではないかとの疑いが残るところである。これに加え、(1) 被告人は、第一回目の逮捕状況に関する供述を含め、逮捕状況に関する供述は本件で後ろ手錠をされた時期に関する部分を除き、多少の誇張はあるものの、被告人に不利益な部分も含め、概ね、警察官の供述と一致する供述をしているのであり、特に、被告人自身は本件各犯行をすべて認めており、被害者の供述証拠や被害者立会の実況見分調書等はすべて証拠として同意している状況にあることを考慮すると、後ろ手錠をされた時期に関してのみ虚偽の供述をする理由に乏しいこと、(2) 押し入れから出てすぐに後ろ手錠をされ、その後、頭突きをしたという供述は、公判廷において突然なされたものではなく、平成五年七月五日付けの警察官調書(乙一一)において既に同様の供述がされていること、(3) 田中幸治らは、前記目的で甲野花子方に赴いたが、同女方に赴く以前に、前記認定のとおり、警察に追われている、裁判所から逃げて来たなどと話をしている男が同女方におり、その内容から、当時単純逃走罪で逮捕状が発せられていたXではないかとの疑いを持っていたのであり、同女方に赴いたところ、同女の供述するように男が押し入れの中で寝ていて、その顔が手配写真のXの顔と似ており、更に、人定に関する質問に対しても積極的にこれを否定する態度をとらなかったことから、警察官において、室内にいた男をXと認めて後ろ手錠をかけたとしても、被告人が強姦致傷罪等の重大犯罪を犯しながら逃走していたことや、田中幸治らは、最終的には任意同行という形で同女方室内にいる男を警察署に連れて行く考えであったことを考慮すると必ずしも不自然ではないことなどに照らすと、被告人の供述を虚偽として否定し去ることはできないというべきである。そうすると、本件証拠関係のもとでは、被告人に後ろ手錠がかけられた時期については、被告人の供述するように、被告人が押し入れから出て、Xかという質問を受けた直後に行われたとの疑いが残るから、この点は、被告人に有利に考えるべきである。

3 そこで、警察官のとった身柄拘束の適否について検討するに、本件では、甲野花子方室内に至った警察官が寝ていた被告人を揺り起こし、Xかどうかという確認をしただけで、発付されていた逮捕状の緊急執行を行うことなく、いきなり後ろ手錠をかけたことが前提となるから、この点は明らかに被告人の意思を制圧するに足りる物理的強制力が加えられたことになり、実質的には違法な逮捕といわざるを得ない。したがって、被告人の身柄拘束は違法なものであるから、被告人が身柄を拘束した警察官に対して頭突きという暴行を加えても、警察官の適法な職務の執行の妨害とは評価できず、被告人には公務執行妨害罪は成立しないというべきであって、同罪による現行犯人逮捕もまた違法といわざるを得ない。

4 ところで、本件では、被告人の身柄拘束手続には右のとおりの違法があるが、その後、被告人は、本件身柄拘束以前に札幌簡易裁判所裁判官の発付した単純逃走罪の逮捕状により適式に逮捕され、更に、札幌地方裁判所裁判官の発した勾留状により勾留されている間に警察官調書(乙一一、一二)及び検察官調書(乙一三、一九)が作成されている。そして、これらの調書が、右身柄拘束手続の違法にかかわらず、被告人の任意の供述に基づき作成されていることは、被告人も公判廷においてこれを認めているところであり、この点疑いを容れない。

そこで、本件身柄拘束手続の違法性の程度について検討するに、任意同行の段階にありながら、被告人の意思も確認せず、いきなり後ろ手錠をかけて実質的に被告人を逮捕したことになる本件の態様は、その違法の程度についても相当程度高いといわざるを得ない。しかしながら、前記の各証拠によれば、(1) 本件身柄拘束当時、既に被告人に対しては単純逃走罪による逮捕状が発付されており、身柄拘束現場に赴いた警察官らも、その被疑事実の内容や逮捕状が発付されていたこと及びその緊急執行が可能であることは認識していたこと、(2) 右警察官らは、それ以前に、甲野花子方に警察に追われている、裁判所から逃げて来たなどと話をしている男がいることを聞き、その内容から、当時単純逃走罪で逮捕状が発せられていたXではないかとの強い疑いを持っていたこと、(3) 同女方に赴いたところ、同女の供述するように男がおり、しかも押し入れの中で寝ていたこと、(4) その顔が手配写真のXの顔と似ており、更に、人定に関する質問に対しても積極的にこれを否定する態度をとらなかったことが認められ、右各事実に照らすと、警察官らは、押し入れの中から出て来た男が単純逃走の犯人として手配中のX本人であると合理的に推認できるだけの客観的な資料を有していたということができる。更に、被告人が強姦致傷罪等の重大犯罪を犯しながら、その身柄拘束中に逃走しており、被告人の身柄確保の必要性ないし緊急性も認められることからすると、実質的には警察官において、被告人に対し、既に発付されている単純逃走罪の逮捕状を緊急執行できるだけの状況にあったというべきである。また、警察官らが逮捕状の緊急執行をせず、被告人を豊平警察署に連行したのは、逮捕状が同署ではなく中央警察署に保管されていたことに加え、人定に関する質問に対して被告人が答えなかったことから、豊平警察署で再度確認のうえ逮捕状を執行しようとしたためであると認められ、その点では、令状主義を濳脱する意図もなかったと認められること、逮捕の始期を被告人の身柄拘束が実質的に開始された平成五年六月二七日午後九時ころとしても、四八時間以内に検察官に送致する手続が行われていることなどの事情が認められるのである。そして、これらの事情に鑑みるならば、右身柄拘束手続の違法は、いまだ憲法、刑事訴訟法の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法とまでは認められない。

したがって、本件身柄拘束手続の違法性は、後の被告人の逃走罪による逮捕、勾留には影響を及ぼさず、逃走罪による身柄拘束手続は適法と認められるから、その間に得られた被告人の警察官調書、検察官調書の証拠能力もこれを肯定することができるというべきである。

なお、被告人は、逃走罪によって勾留されるとともに、平成五年六月三〇日に収監されることによって強姦致傷罪による勾留も継続することになったが、本件身柄拘束手続の違法性が強姦致傷罪による勾留に影響を及ぼさないことはもちろんである。

三  以上の次第で、弁護人の主張するように、前記一の任意同行手続及び前記二の身柄拘束手続はいずれも違法といわざるを得ないが、その違法は、令状主義の精神を没却するほどの重大な違法とまでは認められないから、その後の逮捕、勾留による身柄拘束期間中に収集された被告人の供述調書の証拠能力はいずれもこれを認めることができる。したがって、弁護人の違法収集証拠との主張は採用できない。

(累犯前科)

一  事実

平成二年一一月八日札幌高等裁判所宣告、強姦致傷罪により懲役二年、平成四年七月九日刑の執行終了

二  証拠

被告人の警察官調書(乙一)、前科調書(乙二三)、判決書謄本(乙二四、二五)

(適用法条)

罰条

第一、第三の犯行 各刑法一七九条、一七六条前段

第二の犯行 刑法一八一条(一七七条前段)

第四、第六の犯行 各刑法一七六条前段

第五の犯行 刑法一七九条、一七七条前段

第七の犯行 刑法九七条

刑種の選択 有期懲役刑(第二の罪)

累犯の加重 各刑法五六条一項、五七条(再犯の加重。第二、第五の罪についてはそれぞれ同法一四条の制限内)

併合罪の加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(最も重い第二の罪の刑に法定の加重)

主刑 懲役六年

未決勾留日数 刑法二一条(二五〇日算入)

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項但書(不負担)

(量刑事情)

本件は、被告人が、約一か月半という短期間のうちに、いずれも札幌市白石区内で、強姦致傷、強姦未遂、強制わいせつ、同未遂事件六件を連続的に敢行し、更に、強姦致傷罪で起訴後の勾留中に逃走したという事案である。

まず、強姦、強制わいせつ事件についてみるに、うち五件は、被告人が好みの若い女性である各被害者を認めるや、被害者に対し性的な行為に及ぼうと考えてその後をつけ、被害者がマンション内の自室に入ろうとする機会を狙って被害者方室内に入ろうとし、被害者方室内に入れた場合にはその室内で、被害者方に入れない場合には被害者方前の踊り場等で、それぞれ暴行、脅迫を加えるなどして強姦行為やわいせつ行為に及んだものであり、残りの一件は、夜間人通りの少ないコ線橋上で突然被害者に対し頸部を絞めつけるなどしてわいせつ行為をしようとしたものであって、いずれも自己の欲望を満足させるため女性の人格を無視して行われた身勝手な犯行といわざるを得ず、被害者の後をしつこくつけたりして犯行に及ぶ手口や加えた脅迫文言、暴行、更に各犯行の態様等に照らしても、右各一連の犯行はこの種事犯として極めて悪質である。本件各被害者は、いずれも未婚の若い女性で、帰宅途中あるいは自室内で突然被告人から性的行為に及ばれており、もとより各被害者に落ち度などなく、被害者の受けた恐怖心、屈辱感等の精神的、肉体的な衝撃は計り知れない。被告人には、強姦致傷罪の累犯前科があり、その刑の執行終了後九か月(仮出獄後一年三か月)にして本件に至っていることや、わずか一か月半という短期間に六件もの事件を連続的に敢行していることをも考慮すると、この種事犯に対する常習性も窺われるのであって、本件が比較的狭い地域で連続的に行われたことから、同地域に与えた社会的な不安も無視できない。加えて、被告人側からは、これまで被害者らに何らの慰藉の措置も講じられておらず、各被害者は、いずれも被告人の厳重処罰を望んでいる。

また、逃走罪についてみるに、被告人は、手錠が緩かったという事情から、この機会に逃走しようと考え、看守の隙をみて腰縄を緩め、手錠から両手を外したうえ、護送車から降車する際腰縄を外して逃走したものであり、その犯行態様は巧妙である。しかも、被告人は、逃走後、病院で同病院にあった衣服に着替えをし、靴、帽子等を店から持ち出すなどしたうえ、札幌市内で声をかけた女性の家に潜んでいたのであって、犯行後の情状も芳しいものではない。被告人が、強姦致傷事件の被疑者として勾留されていたことから、被告人の逃走により市民に与えた不安も無視できない。

以上のような諸事情を考慮すると、本件各犯行の犯情は悪質であり、被告人の刑事責任は重大である。

しかし他方、被告人は現在本件各犯行を深く反省し、各被害者に対しても謝罪の気持ちを表していることや、今後は二度と同種犯罪を繰り返さないと誓っていること、更に、将来鉄筋工として働くことへの意欲を示していることなど、被告人のために有利に斟酌すべき事情も若干は見いだすことができる。

そこで、これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮して、主文のとおり刑を量定した。

(裁判長裁判官佐藤學 裁判官宮崎英一 裁判官松本明敏)

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